08/28/08
痛飲という言葉がある。今の私の状況は、痛寝。つうしん、とでも充てればよいか。文字通り、身体を痛むるが如く長くを寝て過ごす。パソコンをあまり使えないので、晴れると古本や落ち葉で焚き火をし、雨が降ればひたすら読書。今年は思ったより虫が少ないのも幸い。
読んだ本は、香山リカ「老後がこわい」遥洋子「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」小川洋子「博士の愛した数式」川上弘美「蛇を踏む」宮部みゆき「スナーク狩り」本田孝好「ALONE TOGETHER」中上健次「枯木灘」佐藤さとる「ふしぎな目をした男の子」あさのあつこ「バッテリー」村上隆「芸術起業論」志賀直哉「清兵衛と瓢箪・網走まで」灰谷健次郎「兎の眼」アガサ・クリスティ「アクロイド殺人事件」「愛国殺人」「青列車の謎」コナン・ドイル「四つの署名」アラン・ムーア「ウォッチメン」R・D・ウィングフィールド「フロスト気質」ときて現在司馬遼太郎「世に棲む日々」となる。
トルコ人男性と結婚した友人がこの夏夫の実家に一ヶ月ほど滞在した。イスタンブールとはほど遠い僻地。婚家のひとは優しく、彼女の作る日本食も彼女とともに歓迎され、手厚くもてなされたが、彼女の悩みはインフラだった。トイレは汲取式でしかも紙を使えない。体を浄めるにも水しか無い、びしょぬれの下半身もそのままに下着をつけねばならぬ。夏でそれ。街には残飯やゴミが散乱し、虫がたかり、馬糞牛糞が未だ燃料として使われ、ロバが荷馬車を引いている。
これはウルルンか!と東京近辺で育った彼女は思い、とっても馴染めないと将来そこに棲むことを危ぶんだが、私は大丈夫だと思った。勿論他人事だからだが、何やかやと現地のもので日本食を作り、姑や小姑が近所に配って歩いたという光景を思うに、日本人特に女性の美質である、控えめと言われる印象にそぐわぬ逞しい適応力があるから。友だちを作り、現地にとけ込み、、、もし彼女が欲しがっている子供を持てたなら、そこで育てるとしたら、それは一層易いことに思える。
少子化を言われる日本。朱鷺、学名ニッポニアニッポンは、まさにその象徴と言えるのかも。私たちは、ゆっくり絶滅してゆく。この小さな土地の、愛すべき小さな黄色のニッポニアニッポンの係累として。しかし、気がつけば沢山のひとたちが国外に出て、その地で別な血と混ぜ合わせて子供を作り、その地にニッポニアニッポンの骨を埋め、あるいは外の血をこの地に伴って帰って来る。意図して、ときには意図せず、混ぜ合わさってゆく。その融合がいま、平和のうちに行えているのは先達の血のおかげだ。その中には先達の奪った血も入っている。
私自身も、もはやニッポニアニッポンではない。オランウータン並みに森のヒト。このまま木霊となるのもまた一興だが、もうすぐ神戸に帰り、山のヒトとなる。スーパーのヒトにもなり、アミューズメントパークのヒトにもなる。どこにも、その地で、その血を活かしていくって贅沢だね。遊びに来てね。来てね。